Feb 08, 2009
シミやそばかすについて
汚れにはいろいろな種類がありますが、そばかすはしみ一つになっています。正確には、すずめの半分だそうです。傷の中でも、鼻と目の周りにたくさん見ることがそばかすの原因に遺伝が関係しているとされています。そして、そばかすは、紫外線を受けることに刺激され、色が濃くなったり、数が増加したりするとされています。私は点が非常に多くありますが、口の下にあるイボは小さい頃は非常にお気に入りでした。好きなタレントさんが同じ場所にいるのを見て、自分も芸能界に入れると、子供のころは本気で信じていたものです。今ではあまりそうは思わないが、これまた好きな俳優が、同じ位置にあるのを見て運命ではないかと思ったりして、自分は女性なんだ。と考えています。
Jリーグは14日、東日本大地震の影響を受けて緊急幹部会を行い、今月のJ1第3節、J2第3、4節とナビスコ杯予選リーグ第1、2節を中止、延期することを決定した。大東和美チェアマン(62)は「余震が続いており一部の地域では停電の可能性もある。来場者の安全確保などを考慮した」と説明。具体的な日程調整は15日の臨時実行委員会で検討する。再開のメドは4月とし、被災地の復旧状況などを確認しながら慎重に判断するという。
問題は先送りとなった試合の代替日だ。すでに中止を決めていた第2節を含めてJ1は2開催分、J2は3開催分、さらにナビスコ杯の2開催分も含め、合計60試合が宙に浮いてしまった。名古屋など4クラブはリーグと並行してACLにも参戦中。さらに今季はブラジルW杯アジア3次予選を控えている。ただでさえタイトな日程に“詰め込み”を余儀なくされる。
あくまでもシーズン中の全日程消化を目指すJリーグは“超法規的措置”に乗り出す。日本代表は7月の南米選手権に予定通り出場する方向。その間の約1か月は原則としてリーグ中断期間だが、大東チェアマンは「日程を埋めるには7月にならざるを得ない」。代表抜きでもここで消化する見通しだ。また、電力問題を抱える中でナビスコ杯は多くがナイター開催。中西大介事務局長は「大胆な変更も」と予選リーグ廃止など大会形式の変更まで視野に入れた。
選手の前には過酷な過密日程が待ち受ける。大打撃を受けた仙台は当面、練習もできない状況。たとえ4月再開でも、ぶっつけでの戦いを強いられる。大地震の余波は収まりそうにない。
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JRAは14日、今週末の競馬を開催する方向で進めていることを明らかにし、東日本大震災の影響で中止した12、13日の競馬の代替日程を発表した。19、20日に加え、21日の春分の日に中山、阪神で開催。13日に予定されていた中山牝馬S(中山)、報知杯フィリーズレビュー(阪神)を行う。また、JRAはこの日、地震の被災地に1億円の義援金を贈ると発表した。
新たに発表された今週末のレース番組は、19、20、21日の3日間開催。先週の12、13日に中止となったレースが、一部スライドされた。19、20日は、予定通り中山、阪神、小倉の3場で実施。21日の月曜祝日には、中山、阪神で中山牝馬S、報知杯フィリーズレビューなどを行う。また、小倉は、12日の中京記念が20日に。次週の26、27日に代替競馬が開催される。今週の特別登録は、15日となっている。
競輪、ボートレース、オートレースと、他の公営競技が、続々と中止に。これに対し、JRAは開催へ前向きな姿勢を示したが、あくまでも態勢を整えているという段階で、正式な可否は、周囲の状況を踏まえ、改めて決定する。今後の判断について、小畠薫JRAお客様事業・広報担当理事は「無理にでも競馬を開催するというわけではない。お客様の足への影響があったり、(東京電力の進める)節電に応えられないような状況であれば、開催は難しい」とコメント。
また、JRAはこの日、東北地方太平洋沖地震被災地に対し、1億円の義援金を贈ることを決定した。復興支援のための競馬(復興競馬)についても、可能性を探っている。法律を改正しなければいけないため、すぐに行うことはできないが、95年1月の阪神・淡路大震災の際には、6月3、4日の京都、東京、中京競馬で復興競馬を実施し、計24億円を拠出している。
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◆オープン戦 アスレチックス9―4ロッキーズ(13日・フェニックス) アスレチックス・松井秀喜外野手(36)が、今季オープン戦1号の140メートル場外弾で東日本大震災の被災地にエールを送った。
待ちに待った松井のオープン戦第1号は、右翼席の看板を越えて場外で弾んだ。3回1死からの2打席目。「ほぼ完璧でした」。ロッキーズ守護神・ストリートの高めの速球を仕留めた。推定140メートルの特大アーチを、震災被害の日本に届けた。
7回終了時にロッカールームに引き揚げる際、ベンチ前に駆け寄ったミラー球審から「日本の地震で家族は大丈夫か?」と声をかけられた。松井は「ただ、(被災地の)みなさんの無事を祈るだけです」と神妙な表情で語った。
オープン戦はこの試合まで21打数1安打と不振だったが、一発の後は中前打など全4打席で出塁。実戦を積み重ねる中で、「試合での対応力がよくなってきたんじゃないかと思う」と上昇気配を漂わせた。
この日は今季初めてア軍のベストメンバーがそろい、松井は初の「5番・DH」に名を連ねた。「自分は何番でも構わない。今日みたいに打線がつながればいいと思う」。仮想開幕オーダーでチームをけん引した。
また、地元のケーブルテレビ局が今季初めて試合を中継。本拠・オークランドのファンにもゴジラの本領発揮を印象づけた。「偶然とはいえ、いい打席をお見せすることができてよかった。シーズンでも同じようなプレーを見せられたら」とさらなるビッグアーチを予告していた。
◆松井のメジャーでのオープン戦初本塁打
▽03年 デビュー戦となった2月27日のレッズ戦。第2打席で左腕アンダーソンの直球をライナーで右翼へ。(3本)
▽04年 3月10日、ツインズ戦の4回。右腕クレインのツーシームを右翼へ。6試合、17打席目の1号。(5本)
▽05年 3月7日、Rソックス戦の8回、右腕ウィルソンの直球を右越えに運ぶ推定140メートルの特大弾。4試合、12打席目。(5本)
▽06年 3月16日のアストロズ戦。右腕バッキーから10試合、29打席目の初アーチを右翼へ運んだ。(3本)
▽07年 3月5日のタイガース戦、右腕バーランダーの150キロ速球を右翼へ放り込んだ。4試合、8打席目。(1本)
▽08年 ノーアーチ
▽09年 3月17日のパイレーツ戦。右腕バスケスのチェンジアップを右翼席上段に。9試合、23打席目の一発。(4本)
▽10年 3月24日のロイヤルズ戦。右腕テヘダのチェンジアップを右中間に。10試合、28打席目。(1本)
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